エンリケ・モレンテ『オメガ』20周年記念版にカニサレスとの未発表作品収録
今から20年以上前の1996年、フラメンコ界に激震を走らせる話題作、エンリケ・モレンテ氏のCD『オメガ』が発売されました。常に新たな可能性を模索するモレンテ氏の作品の中でも、このアルバムは群を抜いて「問題視」されるほど、賛成派と反対派の評価が真っ二つに分かれた作品でした。
その制作過程を追ったドキュメンタリー映画『オメガ』が2016年に発表され、20周年記念のリマスター版、映画のDVD、さらに未発表の作品が含まれる特典アルバムも付いた豪華版『オメガ』が発売されました。カニサレスはこのドキュメンタリー映画でもインタビューを受けています。
1996年版のオリジナルCDには、カニサレスは3つの楽曲でモレンテ氏と共演しています。
マンハッタン(Manhattan)
井戸で溺れた少女(Niña ahogada en el pozo)
散歩の帰り道(Vuelta de Paseo)
収録されているのは3曲ですが、実は、当時カニサレスは4曲レコーディングしたそうです。この幻の4曲目は、詩人で小説家レナード・コーエン氏の作品『歌手は死ななければならない (A singer must die)』のフラメンコ・カバー・バージョン『カンタオールは死ななければならない(Un cantaor debe morir)』です。
スペイン語で歌手を意味する「カンタンテ」ではなく、あえてフラメンコの歌い手を意味する「カンタオール」としているところがとても興味深いです。
レナード・コーエン氏のオリジナルバージョンはこちらです。
レナード・コーエン氏『歌手は死ななければならない(A singer must die)』
そして、この幻の4曲目『カンタオールは死ななければいけない』には、知られざる逸話がありました。当時、レナード・コーエン氏の詩をスペイン語で何度も歌い、レコーディングを繰り返したモレンテ氏は、何度やってもその仕上がりに納得がいかず、ボツにしたそうなのです。でも、どうしても諦めきれずに、カニサレスがレコーディングの準備のためにモレンテ氏の自宅を訪れた時、こう切り出しました。
「カニ(←モレンテ氏はカニサレスをいつもこう呼んでいました)これ、もうボツにして捨てたヤツなんだけど、なんとか復活できないだろうか?」
ボツになったモレンテ氏のいくつもの録音を聴いたカニサレスは、その場で次々にメロディーを紡ぎ出し、ひとつの作品に仕上げました。出来上がった作品を聴いたモレンテ氏は、「素晴らしい!」と大感激。当然1996年のCDのに収録される予定でした。しかし諸般の事情で、収録曲から外されてお蔵入りとなり、幻の4曲目となってしまったのです。
私も、この逸話を何度もカニサレスから聞いていたので、昔から是非一度でいいから聴いてみたいと思っていました。それがなんとこの20周年豪華版のCDに収録されたのです。カニサレスのギターは、20年前の演奏とは思えないほど斬新で、モレンテ氏の語るような歌声に見事なほどマッチしています。
モレンテ氏とカニサレスのフラメンコバージョンのさわりの部分は、こちらからお聴きください。
1997年8月1日・ピリネオ・スール・フェスティバルでの『オメガ』公演の一幕
写真:© Paco Manzano
これは、1997年夏のフェスティバルでの『オメガ』の公演の様子。立って歌うモレンテ氏(写真中央)の隣でギターを弾いているのがカニサレスです。写真家のパコ・マンサノ氏が特別に提供してくれた写真で、20周年記念豪華版についてくる冊子にも掲載されています。