『アル・アンダルス協奏曲』

作品紹介

追悼の悲しみの中から生まれた、クラシックとフラメンコの共演 

パコ・デ・ルシアに捧げるフラメンコ協奏曲『アル・アンダルス』は、

カニサレスが作曲した初めてのギターとオーケストラのための協奏曲で、スペインで初演されると同時に大きな話題となりました。この協奏曲が多くの知識人や音楽家から絶賛されるのには、幾つかの理由があります。

まずひとつに、これまで全く別の世界の音楽とされてきたクラシックとフラメンコのふたつの世界が、これ以上ないほど自然な形で融合している点です。スペインのクラシック音楽評論家たちはこれを「奇跡のような出来事」と表現しました。

この作品が持つ背景も忘れてはなりません。この作品は、カニサレスの最愛の師匠であり、友人であるパコ・デ・ルシアへの哀悼を込めて作曲された作品です。各楽章の随所に、カニサレスが胸に秘めたノスタルジーが散りばめられ、喪失という苦悩から抜け出そうとする希望が投影されています。

カニサレスがこの偉業をなし得たことは、決して偶然の産物ではない、というのが評論家たちの一致した見解です。アンダルシア出身の家庭に生まれ、フラメンコの揺りかごに育ったカニサレスですが、そのフラメンコの世界だけにとどまることなく、音楽院でクラシック音楽を学び、世界中の一流のアーティストたちと共演しながら研鑽を積んできました。フラメンコとクラシックという、このふたつの世界をひとつに結ぶべき音楽家こそ、カニサレスに他ならないのです。

ライフワークとして取組んでいるスペインクラシック音楽のギター編曲・録音のアルバムシリーズ、自身のフラメンコのアルバム制作など、カニサレスは、今その芸術活動の黄金期に差し掛かっています。創作欲に溢れ、高い創造性と独自性をもった作品を次々と生み出しているカニサレスは、この協奏曲の作曲家であると同時に、作品の演奏者でもあります。ギターの特性を誰よりも知り尽くしている彼は、この協奏曲を通じて、ギターという楽器の一番奥に眠る美しさを引き出し、同時にその儚さを浮き彫りにしています。

10年間に及ぶカニサレスのパコ・デ・ルシアとの共演は、ふたりの関係を親密で揺るぎないものにしました。ヨーロッパ、アメリカ、アジア、アフリカなど、世界中のありとあらゆる大舞台に共に立ち、文字通り共に長い旅をしてきました。パコを師として崇め、同時に友として接する中で培われた信頼関係はカニサレスの中に消えることのない灯火を芽生えさせました。2014年、突然の信じがたい訃報でさえも、その灯火を消し去ることはなく、彼の中に永遠の光となって輝き続けているのです。その輝きの中から産まれた音楽、それが『アル・アンダルス協奏曲』なのです。

3つの楽章・3つの感情

ブレリアス、葬列の行進、カディスのタンギージョス

突然のパコ・デ・ルシアの訃報が飛び込んできたのは、カニサレスがスペイン国立管弦楽団からの依頼で、ギターとオーケストラのための協奏曲の作曲を始めた頃のことでした。あまりの衝撃に、この悲しすぎる事実をにわかに信じることができず、一方で心の中にはパコと過ごした時間と想い出が渦巻いた、とカニサレスは振り返ります。『アル・アンダルス協奏曲』はこの瞬間から、長く、辛く、複雑な作曲の道を辿ることとなってゆきます。

第1楽章は、マエストロ・パコ・デ・ルシアの象徴といってもよい、ブレリアス風の曲想で始まります。第1楽章の軽快さとは打って変わり、続く第2楽章には、カニサレスの悲しみが溢れています。パコ・デ・ルシアの葬儀の折、彼の棺を担いだ左肩に食い込む痛みを、そのまま音楽で表現しています。

パコの葬儀のあの日、教会へ向かう葬列の行進は、突然降り出した悲しみの雨の中をゆっくりと教会へと向かいました。人々の涙を誘ったミサを終えると、それまでどんよりと灰色の雨を降らせていた空に、突然眩しいような晴れ間が広がったのです。絶望とそこから生まれる希望。あの日の全てが、カニサレスの儚くも甘美なメロディーによってこの第2楽章に描かれています。そして「タランタ」の曲想で演奏されるカデンツァ(ギターソロ)は、第2楽章と第3楽章を美しい余韻で結い上げ、絹のような柔からさで紡がれていきます。

第3楽章は、「タンギージョス」のリズムで幕を開けます。これは、パコ・デ・ルシアの出身地であるカディス地方に伝わる独特のリズムです。新しい一歩を踏み出そうとする勇気を想起させるような曲調です。カニサレスはこの最後の楽章の中で、パコの代表作である『リオ・アンチョ(広い河)』と『エントレ・ドス・アグアス(二筋の川)』のメロディーの一部を編曲し、パコへの音楽的オマージュを捧げています。カニサレスの紡ぎ出す音のひとつひとつは、パコへの愛情に溢れ、それと同時に独創的なカニサレスの音楽観が見事に集約されているのです。

作品詳細

フアン・マヌエル・カニサレス作曲

ギターとオーケストラのためのフラメンコ協奏曲

『アル・アンダルス』

パコ・デ・ルシアに捧げる

 

オーケストレーション:

ジョアン・アルベルト・アマルゴス

 

Al-Andalus

Concierto Flamenco para guitarra y orquesta

a la memoria de Paco de Lucía

Orquestación de Joan Alberto Amargós

第1楽章:Tiempo de Bulerías

第2楽章:Liberamente rubato expresivo

カデンツァ

第3楽章:Allegro festivo por Tanguillos

演奏時間:約20分

楽器編成

ピッコロ (1)

フルート (2)

オーボエ (1)

イングリッシュ・ホルン (1)

クラリネット Bb (2)

バス・クラリネット (1)

バズーン (2)

ホルン (4)

トランペットC (3)

トロンボーン (3)

チューバ (1)

ティンバル (1)

パーカッション (3)

ハープ (1)

 

ギター・ソリスト

弦楽オーケストラ (最大 16-14-12-10-8, 最小 14-12-10-8-6)

オプション:フラメンコのパルマ(2)

* 作品の特性により、ギターの音はマイクを使用して増幅すること

世界初演:
2016年5月27日
国立音楽堂(スペイン、マドリード)
スペイン国立管弦楽団
指揮:ジョセップ・ポンス
ギター:カニサレス

©RAFA MARTIN

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